■たかがフィクション・されどフィクション

わたしは漫画が好きで、よく読むのですが、かなり気になることがあります。たぶんそれは、自分と同じように、好んで漫画や小説を読むひとたちに対して一言もの申す!の気持ち。

 一見「むずかしい」作品が、受け入れられているようになりました。むずかしいというのは、難解というより、作品のテーマや人間関係が深い、ということです。内容も一般の書物に匹敵するか、それを上回るんじゃ?という作品だってたくさんありますよね。気楽な読み物のはずのフィクションを真剣に読んでしまう始末!

 個人で楽しむ分には(もしくは仲間内で盛り上がる分には)、作品のイメージをそのまま大切にしたいものとか、キャラに萌えてみたり(笑)、素直にだまされて楽しんだ方が素敵なものとか、作品によってそれぞれなので、どういう読み方をするかは、読む人の好きにするのがベスト(構えてばかりいても、つまらないってことですね)!

・・・なのですが!
「まんがは文化だって言われる割には、話したときの反応冷たくない?」とゆう、まんが・小説をはじめとするフィクションファンなら感じたことがあるハズの矛盾。フィクションが誤解されてるのって、わたしたち「まんが・小説」を好きだと言ってる私たち自身が原因なんです。宮崎駿の映画を押し付けても情操教育になるとは限らない、ドラえもんをいくら上手に描けてもドラえもんのキャラを産むことはできない、「ブラックジャックによろしく」を読んでも医療の現状を理解したことにはならない。気付かないフリならまだマシですが、本気で気付いてなかったらあぶないぞ。

わたしが目にした具体例を挙げましょう。大学在学時の、教養の講義中の出来事です。「地域と環境」の講義で「エビと日本人の関係は、美味しんぼにも出てきたから知ってました」と発言した学生。「生命観と倫理観」の講義で「ゴー宣も一理あると思う」と感想を述べて沈黙の制裁をうけた学生。プリントして配られる、レイチェル・カーソンの「沈黙の春」がOKで、なぜ「美味しんぼ」がNGなのか?立花隆の「脳死再論」が参考文献なのに、小林よしのりは無視されたのか?

と、ここで大抵の発言者は、「やっぱりまんがっていうと、受け入れられないよなー・・・」とこぼします。

違います!まんががダメなのではなく、あなたの意見に裏付けがないから受け入れられないのです。信用度が低い、って置き換えてもいい。

感想文と論文は別物でしょう?雑談と議論も別物なんです。だから、フィクションをベースに発言するときは、自分で手に入れた情報で裏付けをとりましょう。どんなにすぐれた作品も、フィクションである以上、鵜呑みだけは危険です。裏付けをふまえての発言ならば、あなたの意見と言っていい。

フィクションから得たものを、そのままアウトプットしちゃう前に、自分のフィルターに通すプロセスをお忘れなく!

フィクションの世界って、人それぞれなのが、もともとの醍醐味。それと平衡させてわたしたちが忘れちゃいけないことは、「個人の楽しみと、公での発言」をごっちゃにしちゃダメってことなのだ。

初出:1998/9/10 ブログパーツ
加筆訂正:2003/6/24


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