■沈黙の意味

今日、辻希美&杉浦太陽の結婚会見があってました。わたしは歯医者の待合室でチラッと見ただけだったのですが、あんまり可愛らしい雰囲気の会見だったので気になって、家に帰ってからネットで全容を調べて読んだのでした(笑)

Yahoo!ニュースデイリースポーツより「辻ちゃん“母として成長したい”」
オリコン ニュースより「結婚会見の一問一答」

会見前夜のネット報道では「また問題が起こった」とか「無責任な」と風当たりが強そうだったのですが、一転して穏やかに受け入れられたってことでしょうか。

何か出来事があれば、それを見聞きした人の中に感情が沸き起こるのは当然のこと。物事に無関心にならないことや、自分なりの意見を口にすることは、とってもとってもいいことであるはず。なのに往々にして、加熱しすぎたり行き過ぎたりすることが多い気がするんです。

有名人はあれこれ詮索されても仕方ない。有名税なんだから。・・・という考え方は、わたしはあまり好きではないのです。「迷惑を被った関係者が言うならともかく、一般人が責め立てるほど公序良俗に反することかなぁ?」「そもそも、追求してる本人は、責めるほどご立派な人なのかなぁ?」って、腑に落ちない感じ。

それとは逆の、妙にフレンドリーで前向きな声援もまた、わたしは好みじゃなかったりします(笑)たとえば、2006年トリノ五輪で女子フィギュアスケートの安藤美姫選手が散々な結果を残してしまった時・・・「頑張って!ミキティは若いんだから、次があるよ!」というような、ある意味すごく温かいメッセージをあちこちで見聞きしたのですが。そういう類の声援に、わたしは個人的に嫌悪感を抱いてしまうのです。

天邪鬼ですか?
ええ、よく言われますが(苦笑)

「頑張って!ミキティは若いんだから、次があるよ!」というセリフの、どこが嫌なのかと言うと、「若いんだから、次」のところ。18歳の、この瞬間ならではの、彼女の美しさや演技を見たいと願うのがファンの本音だと思うのですよ。もしそれが適わなくっても、「あぁ、残念!悔しいね」くらいの感想で留めておく方がわたしは好きです。スケーターとしての結果を期待していたのだから、感想もスケーターである彼女に対して掛けるべきかと。
彼女が挫折や辛い練習を乗り越えている間、一般のわたし達に何ができたでしょうか?知る由もないし、できるわけがないんです。それなのに、「若いんだから!」「才能があるんだから!」「次があるんだから!」「やればできるはず!」という言葉を掛けてしまうのは、(相手に聞こえていなくても)失礼な気がするのです。親切ぶったお節介は、雑音になる可能性が・・・。騒音になったら、もっと厄介。

選挙の投票に行かないのは、行動として「政治に不信感を抱いているという主張」に成るかといえば、ならないですよね。単に「政治に無関心」と分析されるだけ。(評論家によっては、無関心となってしまった原因の一つ、として捉えてくれるかもしれませんが)

世の中にはこんな風に、行動しなければ意味を持たないことがほとんどですよね。けれどわたしは、芸能ニュースや週刊誌を見聞きする時、時折思います。「行動しないこと、口に出さないことにも、意味があるんじゃないかな」と。一般人の憶測や偽善が、有名人の余計な心労を生んでいるかもと思うと、心苦しくなりませんか。

日頃から気に食わなかった人を叩くチャンスでも、節制して沈黙。
 →あなたの人間性が問われます。
心から応援している人に親身のメッセージを伝えたくても、節制して沈黙。
 →重荷から開放されて真に羽ばたく姿を見られるかもしれませんよ。

取り上げさせてもらって、ありがとう(笑)
辻ちゃんからは幸せな気持ちをおすそ分けしてもらいました。
ミキティは毎回衣装がシックなのが好みで楽しみにしてるのよ。

余談ですが、芸能人の結婚会見をエッセイのネタに拾ってきたのは、これで2度目ですね〜。前回は、広末涼子でした。エッセイ43「適齢期の歩き方」参照で。

わたしも、そうとうなお節介タイプの人間ってことなのかも(苦笑)
節制、節制・・・。


初出:2007/5/10 ブログパーツ

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