「癒しブーム」の考察

第1章;導入部


●はじめに。

 「不易流行」という言葉がある(注.1)。江戸時代の俳人、松尾芭蕉が、時を 超えて変わらない価値を「不易」、時代とともに変化し新しく生まれる価値を「 流行」という言葉で表現したものである。不易を究め、流行を知ることにより、 「風雅の誠」を求めることを、俳諧の要諦として弟子たちに示した。

時代を川の 流れに例えると、水の表面に現れる波や渦が流行であり、底をゆく流れが不易と いうことになるだろう。身近な言葉で言うと、不易と流行は、さしずめ、不易= (思想の?)定番、流行=ブームとなるだろうか。

卒論のテーマとして、現代日本の「若者」を取り巻くふたつのブームを取り上 げ、「不易流行」の視点から考察を試みたいと思う。日々変化してゆく、私たち の興味関心の波頭と底流を探り、私たち日本の若者のこれからを展望したいとい うのが、ねらいである。

 所得をはじめ、モノ・サービス・情報・生活時間それぞれの側面において豊か になったと言われるようになって久しいが、現代日本の、生活の中身の現状はど うだろうか。ここ半世紀で私たちの生活様式は格段に多様になった。衣食住も、 単に生活維持の手段から、「ファッション・グルメ・健康」など、より楽しさや 快適さを重視するものへと重点が変わってきた。「人間関係・趣味・教育」など 、より自由で個性を発揮出来る分野には、一層の時間とエネルギーが注がれるよ うになっている。  

マスメディアが発達し、大量消費時代を経てきた現代日本では、さまざまな現 象が多様な「ファン」を生み、「ブーム」を引き起こしてきた。主に、90年代 をながめ、この時代に顕著なファン層を生み、ブームを引き起こしたモノやコト を取り上げ、その心理を分析していきたい。



●癒し  

1990年代に入ってから次第に耳にするようになった言葉に、「癒し」や「 ヒ―リング」がある。新聞や雑誌でもよく見掛けるが、感覚的には分かっても、 「癒し」を言葉で説明するのは意外と難しい。内容がいまひとつはっきりしない まま、言葉だけが一人歩きしている印象を受ける。

「心を癒す25の方法」とい う特集が組まれたPHP増刊号では、癒しの体験取材として、“ハウス・キーピ ング、中国茶、アロマテラピー、ウォーキング、フラワーアレンジメント”の記 事が掲載されていた。「癒し」初心者がチャレンジしやすいものとしては、「ア ロマテラピー」や「アニマルテラピー」、「癒し」「ヒ―リング」と並行して「 セラピー」という言い方もはやっているようだ。

 バブルの頃は、「癒し」自体あまり取り上げられることはなかったと記憶して いるし、時折見掛けるときも、バブル最前線の人々の余裕、という印象があった 。=「ひと休み」。
それが、バブルがはじけて、それまで頼りにしていた仕事や社 会の価値が崩壊し、いざ頼りになるのは自分自身しかいないことに気が付いたと き、私たちは「自分は疲れている」「自分は一体何なのか」と立ち止まり始めた 。その気付きが、「癒し」が必要だという考えに結びついていったのではないだ ろうか。

「癒しブーム」は、以前の「健康ブーム」と同じ根を持つように思う。 「健康」のなかに、精神的な要素が含まれるようになったのだろう。「健康グッ ズ」が充実し(フィットネスクラブ・健康サロン・健康器具)、容易に手に入る ようになったため、モノを買うことに限界を感じた人たちが、カラダに目を向け 始めるのも、自然の成り行きかもしれない。さらに、ココロにも関心を持ち始め たところに「癒し」という言葉がぴったりあてはまったと言えるだろう。

 街の雑貨店には、アロマグッズがコーナー化され、所狭しと並んでいる。雑誌 やTVでは、「自分を癒すインテリア特集」(anan)、「本当の自分を探す心理テス ト」(VITA)といった記事を頻繁に見かける。まるで、癒しを取り入れていると情報通であるかのようだ(JJ;モテる女の子の条件に「癒し系施設が好き」という 項目が登場しているほど)。

CDショップでは、ヒーリング効果のある音楽が注目 され、ヒット作も出ている。  一部には凝る人々も現われ、そのようにマニアを生むほどにブームが加熱して いると言えるだろうし、そこまでこだわっているわけではないが、「なんとなく ひかれる」「なんとなく傍に置いておきたい」といった軽い気持ちで手にとる人 たちが増加していることが、「癒しブーム」が、蔓延していることの、なにより の具体的な証拠だと言えると思う。

 「和歌山カレー事件」ののちの報道でも、“真須美容疑者逮捕でも癒えない「 住民の傷」”という見出しがあった。「現代用語の基礎知識」に、流行語大賞に 「十七歳」がノミネートされるほどに、私たちの関心事となった少年犯罪(バス ジャック、高校生、少年法の改正)や数々の犯罪では、「心の問題」に原因が求 められることが多いように思うし、同時に私たちも「心に問題があるのなら」「 精神科に通っていたのなら」と妙に納得してしまうことも多々あると思う。



●ホラー  

また、映画をはじめ、小説でも、ホラーものがよくヒットを飛ばしていたよう に思う。リングが小説・TV・映画の各メディアでメガヒットしたのが印象的だ ったが、リング熱がやや冷める頃から、人格障害…とまではいかなくとも、心に ゆがみをもつ人が題材の作品が、興味を持って読まれるようになってきた。  雑誌の売り上げの伸びに較べ、不振の続く小説業界も、角川を中心としたホラ ーは、異常心理を扱った作品をホラーとして商品化し、映画とタイアップしたり と、広く受け入れられるようになっており、現在も、順調に売り上げを確保して いる。 映画化されたものの系統としては、ホラーの中でもサイコホラーが多いようだ。



●ブーム  

これらの状況のなかで、私は「癒し」と「ホラー」が、今の日本の二大流行と 言えるのではないかと考えるようになった。

同じ時期(世紀末)に、同じ場所( 現代の日本社会)で、一見正反対にも見える「癒し」と「ホラー」が受け入れら れているのが、私にとって不思議でならないし、それゆえ興味を持ってしまった 。

 最近では、今の日本を「こころ」の時代と言うこともあるらしい。自らを癒す ことに興味を持つこと(癒し)と、他人の危うい心理に興味を持つこと(ホラー )とを、「こころ」を接点として、両者が同時に流行した背景や原因、その問題 点を探ってみたいと思う。

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